整体は宗教?そんな誤解の裏側で日本人の貴重な財産である“気”や“感受性”が失われつつあります。

整体の知恵

インターネットで “整体” と入力すると、“整体は宗教?” と出てきます。もちろん、そんなことはありませんし、整体的な見立てにより人が宗教などにすがってしまうような体の傾向を読み解くことも出来ます。

この記事を読むメリット

整体が宗教と誤解される原因の一つである、“気” の問題を中心に解説していきます。昔から日本人が大切にしてきた “気” ですが、近年では間違えた使い方により怪しい存在にされています。下手に間違えた知識が浸透しているため、外国人より “気” に疎いくらいです。日本人の繊細な感受性から生まれた “気” を取り戻しましょう。

なぜ整体が宗教と誤解されやすいのか

整体と名乗ることに制限がない

もちろん本物の整体は宗教などではありません。しかし “整体” を名乗ることは自由であり、活動内容に制限もありません。このように、数多あまたある整体を名乗る団体が全て宗教と関連していなかという問いに意味はありません。体を治す実力や実績もなく何となく整体と名乗るような所は、その気は無くても周りから宗教っぽくみられる事は十分あり得ると思われます。

芯がしっかりしていないと、曲がった方へ流されやすい

パターン1
整体技術というのは、才能と努力、運がないと極めることが困難です。なのでつい安易な方向に逃げがちになります。患者さんの体を変える実力がないので、マッサージの真似事をして満足感を得てもらったり、未熟な技術を口先で誤魔化すなどするしかなくなります。その結果宗教っぽくなることが考えられます。
パターン2
逆に中途半端に実力がついてしまうと、天狗になり自己流に走ってしまう人が出てきます。そうするとそれを教えることが気持ちよくなり、客観的に自分の知識や技術を見れなくなります。

Point

このように、個人としても集団としても、揺るぎない信念と確固たる技術や知識を芯に持った上で、常にお互いの技術がブレたり、間違えた道に進まないように確認しあっていないと、どうしてもそういった道に逸れてしまう人が出てきてしまいます。

“気” というものは、誤解されやすい

詳細は記事の後半で解説していきますが、人の悩みや体に触れ、相手の健康に携わる以上、“気” を意識しないわけにはいきません。しかし “気” に触れることこそが、そういった誤解を生むことになります。

日本人ならではの理由

“気” は言葉として馴染み深いし、外に出ればあちこちに “○○整体” があります。下手に生活に馴染んでいるため、外国の人より “気” を感じ取りにくく、整体技術を習得しにくい傾向があります。理解できないため、宗教っぽいイメージに落とし込んでしまう人が多いということです。

治らない病気を治すと言っているような怪しさがある

そもそも治療という言葉を使うのは医師法違反なのですが、匂わせるところもあるのでしょう。しかし本物の整体では、言葉の問題ではなく実際に “病気治し” をすることはありません。全身の繋がりやバランスを考慮せずに病気や症状をいたずらに追いかけても、振り回されるだけだからです。

Point

整体では、本来○○病を治すというのは、○○病と名前を付けて診断を下した医療が行うべきだとしています。これは決して嫌味ではなく、患者さんの深層心理に○○病という名前が根付いてしまうと、結構厄介なのです。

整体ではなぜ “気” を大切にするか

本物の整体に対する誤解を解くには、“気” の本来の意味を一般の人にも理解してもらうことが大切であると思われます。

相手の体 = いのち に触れる

整体では相手に触れることで、相手の体の状態を観察し、調整していきます。それは相手の “命” に触れる行為です。なので最大限、手を柔らかく、暖かく、使えるようにしておく必要があります。

症状を出すような人は、体が過敏になっている場合が多い

過敏な体に触れるときは、相手の体に絶妙に合わせていかないと簡単に体を壊してしまいます。例えば圧をかけるにしても、強すぎても弱すぎても具合を悪くさせてしまいます。押さえる角度もほんの少し間違えるだけで、相手の体を崩してしまいます。なのでそれらを感じ取れるように、最大限に手を敏感にしておく必要があります。

体の中心に力が無いと、相手の中心も壊してしまう

体の不調は、偏り疲労により体の歪み(左右差)が生じることで起こります。言い換えれば、体の中心にあるべき力が、外に逃げてしまうということです。そのような状態を改善するためには、施術する側の体の中心に力が集まっていなけらばなりません。施術者の体な偏っていると、相手の体を更に偏らせてしまい、余計に体調を悪くさせてしまいます。

相手と一つにならないと、体を変えることはできない

整体技術は、外から刺激を加えて相手の体を調整するものではありません。相手の中にある力を引っ張り出して使います。相手の体の協力を得るには、相手と一つになる必要があります。そのためには、“気合い” という言葉があるように、自分の気を、相手と合わせることが大切です。

テレビなどでは良く、『気合いだー!』なんて叫んでいることがありますが、相手の感受性を無視して一方的に叫んび、自分の気持ちを押し付けているだけです。それでは何一つ相手に “合わせる” ことは出来ません。このように日本では、“気” というものが誤った状態で浸透してしまっているので、余計に理解しにくく、まじめに気と向き合っている姿も宗教っぽく見えてしまうのです。なまじ気を知らない外国人の方が、スッと気を感じられます。

自分の “気” が充実していないと、相手を余計に悪くしてしまう。

病気とは、“気を病む” と書くように、気が抜けてしまう状態です。なのでその分、行う側は余計に気が充実している必要があります。こちらの気が抜けていると、相手の抜けた気に逆に引っ張られてしまうことさえあります。

整体ではどのように気を高めているか

ここまで気の大切さを書いてきましたが、それでもこのご時世では宗教と誤解されかねないため、整体でも複数人での練習中に気を高める鍛錬をすることは殆どありません。もちろん前述したように、相手のいのちに触れる以上、気を充実されておくのは必須なので個人では行っています。

Point

そもそも気を高めることは、自分自身の健康を保つのにも、ものすごい効果があります。気が充実していれば、大きく体を壊すことはまずありません。

合掌行気法

手に気を通して敏感にする方法です。これは整体に限らず、色んなジャンルの雑誌などで見たことがあります。手のひらを向かい合わせにして、自然に引き合ったり、離れたりするのを感じる方法です。実際は奥が深いので、参考にした書籍を最後に載せておきます。

指先から手のひらに向かって息を吸って、あたたかい空気が指先から出ていくイメージで吐く。これを繰り返して、手のひらの中心にあたたかさを感じるようになればOK。

脊椎行気法

こちらは脊椎に気を通して、全身に気を巡らせる方法です。こちらも整体に限らず、やっている人もいるようです。合唱行気法のときと同じ書籍を参考にしています。

  1. 軽くひざ頭を開いて正座。両てのひらは上へ向けて太ももにのせる
  2. 頭上から尾骨まで酸素が通過するイメージで息を吸う
  3. 尾骨から背骨を通って頭上まで届くイメージでゆっくりと吐く

参考にした書籍

呼吸で体を変える本です。腹式呼吸や他の○○呼吸などの曖昧さがなく、ちょっとした手の助けや体操を組み合わせることで、バシッと目的に合わせられます。感受性が高まれば、歩きながらでもできることもあります。

これらを学べる施設

井本整体 HP “人体力学”を提唱している、本物の整体を学べる場所です。がっつり学ぶだけでなく、まずは整体に軽く触れてみたい方、自分に合った体操をオーダーメイドしてもらいたい方など、いろいろな講座が用意されています。メルマガやオンライン講座なども用意されていますので、一度ホームページを覗いてみてください。

まとめ

“整体” も “気” も、感受性が高く繊細な感覚を持つ日本人だからこそ生み出すことが出来た、貴重な財産です。しかし安易に言葉として乱用され、その安易な解釈なまま多くの日本人の中に浸透してしまいました。一番厄介なのは、それでも知った気になってしまっているということです。それにより本来の意味や感覚を吸収することが、外国の方より難しくなってしまっているのは皮肉としか言いようがありません。
ぜひこれを機会に、日本人本来の感覚を取り戻していただけたら幸いです。

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